発音記号とは何か、どう読むのか
綴りは発音を教えてくれません。だから記号があります。日本語話者がつまずく記号を絞って説明し、個々の母音より強勢のほうが通じるかどうかを決めるという話をします。
英語の綴りは発音を教えてくれません。through、though、tough、cough、bough。同じ ough が5通りに読まれます。歴史的な事情の積み重ねで、綴りと音の対応が壊れたまま固まってしまったからです。
そこで、音そのものを1対1で書き表す記号の体系が使われます。国際音声記号、略して IPA。辞書で語の横に角かっこや斜線で囲まれて並んでいる、あの記号列です。読めると何が変わるかというと、聞いたことのない語でも、辞書を見た時点で正しい音がわかるようになります。
日本語話者がつまずく記号
記号は全部で百以上ありますが、英語に使うのは40強で、そのうち日本語話者が本当に困るのは十いくつです。そこだけ押さえれば実用になります。
ə — あいまい母音(シュワー)
英語でいちばん出現頻度の高い母音で、しかも日本語には対応する音がありません。about の a、sofa の a、computer の e。共通しているのは、どれも強勢のない位置にあるということです。口をほとんど動かさず、短く、力を抜いて出す音です。
ここが日本語話者にとって最初の関門になります。日本語は各拍をはっきり発音する言語なので、about を「アバウト」と3拍そろえて読んでしまう。英語では最初の a はほとんど聞こえないくらい弱い。この弱さを再現できるかどうかで、通じやすさがかなり変わります。
ɪ と iː
sit の ɪ と seat の iː。日本語の「イ」はどちらでもなく、iː に近い位置にありますが長さが違います。ɪ は舌の位置がやや下がって緩んだ音で、短い。長短の違いだけだと思っていると、ship と sheep、live と leave が同じ音になります。
æ と e
cat の æ と bed の e。日本語の「エ」は e に近く、æ は日本語にありません。口を横に開いて「ア」と「エ」の中間を出す音です。bad と bed、man と men の区別がここにかかっています。
ʌ と ɜː
cup の ʌ は短く力の入った母音で、日本語の「ア」より口の開きが小さい。bird や work の ɜː は、口を中間の位置に置いたまま長く伸ばす音で、アメリカ英語では舌を反らせて r の色がつきます。どちらも日本語の「ア」「アー」で代用すると、かなり違って聞こえます。
θ と ð
think の θ と this の ð。舌先を上の歯に軽く当てて息を通す音で、前者は声を出さず、後者は出します。日本語話者は θ を「ス」、ð を「ズ」で代用しがちですが、この代用は意外と通じます。優先順位としては、あいまい母音や強勢の問題より後回しにして構いません。
ʃ と ʒ
ship の ʃ は日本語の「シ」に近く、あまり困りません。問題は ʒ のほうで、measure や vision の中にある音です。日本語には単独では出てこないので、「ジャ」の子音部分を伸ばす感覚で作ります。
ŋ
sing の最後の音。日本語の「ん」の一種としては存在しますが、語末にこの音だけが立つことはありません。sing を「シング」と読むと g の音が余分につきます。
l と r
最も有名な問題ですが、実は最優先ではありません。l は舌先を上の歯茎にしっかり付ける音、r は付けない音です。日本語のラ行は舌先が歯茎を弾くので、どちらとも違う第三の音になっています。付けるか付けないか、という一点だけを意識すると改善が早い。
記号より強勢のほうが効きます
発音記号の列の中に、ˈ と ˌ という縦棒が混ざっています。上付きの ˈ が第一強勢、下付きの ˌ が第二強勢で、それぞれ直後の音節が強く読まれることを示します。photograph は ˈ が最初に、photography は2つ目の音節に付きます。
通じるかどうかを左右するのは、個々の母音の精度よりも、この強勢の位置のほうです。母音がいくらか外れていても、強勢が正しければ大抵通じます。逆に、母音が完璧でも強勢の位置が違うと、相手はその語だと認識できないことがあります。英語話者は語を強勢のパターンごと記憶しているからです。
そして強勢の位置は、綴りからは予測できません。品詞で移動する語もあります。record は名詞なら前、動詞なら後ろに強勢がきます。記号を見る習慣がついていると、この移動に自然に気づけるようになります。
Lexi では、語をタップすると発音記号と意味が出ます。Pro にすると、文中のすべての語に語ごとの発音記号を並べて表示できます。強勢の縦棒がどこに付いているかを、語を調べるついでに毎回目にすることになるので、意識して覚えるというより見慣れていく形になります。
同じ語でも辞書によって記号が違う理由
schedule を引くと、辞書によって ˈʃedjuːl と ˈskedʒuːl の両方が出てきます。片方が間違っているのではなく、イギリス英語とアメリカ英語で音が違うだけです。
転写の慣習そのものにも違いがあります。イギリス英語系の辞書は長母音に ː を付けて iː、uː、ɜː のように書き、アメリカ英語系の辞書は ɜː のかわりに ɝ を使ったり、長さの記号を省いたりします。また、cot と caught の母音を区別しない話者が多いアメリカ英語では、ɒ という記号がそもそも出てきません。
- どちらか一方に決めて、その体系で覚えます。混ぜると、同じ語に二つの音が並んで混乱します。
- よく使う辞書がどちらの慣習で書いているかを、最初に一度だけ確認しておきます。
- 両方の音を知っておくのは有益ですが、自分が出す音はどちらかに寄せたほうが一貫します。
音声学の学生にならずに使う方法
記号表を全部暗記する必要はありません。実務的な順番はこうです。まず ə を体で覚える。次に ˈ の位置を毎回確認する癖をつける。それから、自分が実際に混同している対だけを、上のリストから拾って直す。全部を一度に直そうとすると、たいてい何も直りません。
そして、記号は音の設計図であって音そのものではありません。記号を見たら、それがどんな音かを実際に聞いて、口に出してみる。この往復がないと、記号は記号のまま残ります。
よくある質問
発音記号は覚える必要がありますか。
全部を覚える必要はありませんが、頻度の高い十数個は覚える価値があります。特に ə と ɪ、æ、ʌ、そして強勢記号の ˈ は、知っているのと知らないのとで辞書から得られる情報量がまるで違います。これらは英語のどの語にも高い確率で出てくるので、投資に対する見返りが大きい。逆に、めったに出てこない記号を先に覚えても、使う場面が来る前に忘れます。
ə はどうやって発音すればいいですか。
力を抜いて口をほとんど動かさず、短く出します。日本語の「ア」でも「ウ」でもなく、母音として最も労力の少ない位置の音です。コツとしては、その音節を意図的に弱く速く発音しようとすると自然に ə に近づきます。about を「アバウト」と3拍そろえるのではなく、最初の音を潰して「ゥバウト」に近い感じで出すと、英語話者の発音に近くなります。強く発音しようとするほど遠ざかる、珍しい音です。
強勢の位置はどうやって覚えるのですか。
語を覚えるときに、強勢の位置ごと一緒に覚えてしまうのが唯一実用的な方法です。綴りから予測する規則はいくつかありますが例外が多く、規則を覚える労力に見合いません。辞書で語を引いたときに ˈ の位置を必ず見る、聞くときは強く聞こえる音節に注意を向ける、そして自分で言うときにその音節をはっきり長めに出す。この三つを習慣にすれば、規則を知らなくても位置は身につきます。
イギリス英語とアメリカ英語、どちらの発音記号で覚えるべきですか。
どちらでも構いませんが、混ぜないことのほうが重要です。自分がよく聞く英語に合わせるのが自然で、試験対策ならその試験でよく使われるほうに寄せるのも合理的です。ただし、両方の音が存在することは知っておいてください。schedule や either のように差の大きい語で、片方しか知らないと、聞いたときに別の語だと思ってしまうことがあります。出すのは一方、聞くのは両方、という構えが実用的です。
l と r の区別は本当に必要ですか。
必要ですが、優先順位は思われているほど高くありません。実際の会話では文脈が非常に強く働くので、l と r の混同だけで意味が通じなくなる場面は限られています。それよりも、強勢の位置を間違える、あいまい母音を強く発音してしまう、といったほうが通じにくさに直結します。l と r は改善しておくべき項目ですが、ここだけに何か月もかけるくらいなら、強勢と ə を先に片付けたほうが会話は楽になります。
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